久しぶりに小津安二郎監督の名作『東京物語』を観ました。
母国や家族から離れて暮らし、自分も家庭をもってからあらためて観ると、以前観た時とは違う発見もあり、本当に名作だなぁとつくづく思いました。そして、テーマとなっている家族というものについて考えさせられました。
より深い味わいを楽しむには、ボーっと眺めるのではなく文学小説を読むような気持で鑑賞するのが良いように思います。
では、日本映画の名作『東京物語』をご紹介します!
基本データ
『東京物語』は、1953年に公開されたモノクロ映画。当時の日本の「日常」を緻密に描写しながら、人々の繊細な心の機微を溢れんばかりに凝縮した作品です。変わりゆく社会の中で変わりゆく人々の習慣や価値観。その社会の最小単位である家族を淡々と観察するように映し出すことで、人生の美しさや悲しさが浮かび上がり、観ている人間の心に響きます。
- 原題: 『東京物語』
- 製作: 1953年、日本、2時間16分
- 監督: 小津安二郎
- 出演: 笠智衆,東山千栄子,原節子ほか
あらすじ
尾道に住む年老いた夫婦が、東京の子どもを訪ねて遠路はるばる上京してきます。
しかし、成長して多忙な毎日を送る子どもたちは、時に身勝手さから、時に仕事の忙しさから、ゆっくり両親をもてなすことができません。ついには両親を熱海観光へ送り出し、東京から追いやってしまうことに。
居心地の悪い東京滞在に疲れ、夫婦は尾道に帰ることになったのですが……。
世界のオヅ
メガホンをとった小津安二郎監督は、黒澤明監督や溝口健二監督と並んで海外で映画の話しをすると必ず名前が上がる日本映画界の重鎮。特に、フランスをはじめとするヨーロッパではとても高い評価を受け、熱狂的なファンがいます。
- 『勝手にしやがれ』のジャンリュック・ゴダール
- 『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ
- 『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』のヴィム・ヴェンダース
など、影響を受けた有名映画監督も少なくありません。近年では、山田洋二監督が『東京家族』(2013年)という映画で小津監督にオマージュを捧げたのが記憶に新しいところです。
とは言え、日本にいても、日本映画のクラシックを観る機会はそれほど多くないのではないでしょうか?
私がクロサワ作品やオズ作品を観るようになったのはかなり大人になってから。留学中に受けた映画史の授業では、
と、教授に話をフラれて、ドキドキしながら赤面の知ったかぶりをした思い出があります。
小津作品のすごいと思うところ
そんな経緯で、皮肉にも日本の外に出て日本映画を観るようになったのですが、こんなにイイ映画、もっと早く知りたかった!とつくづく思いました。
そして、今回こんな気持ちを思い出したのは、子どもが大きくなってきて自分の時間ができたことが大きく関係しているかもしれません。というのも、小津作品は疲れている時に観たら寝ちゃう可能性大!だからです。
これは感受性の問題なので万人共通の真理ではないと思いますが、私は寝不足の時に『東京物語』を観たら寝る自信があります。なぜなら、小津監督の作品は、ハリウッド映画とはまったく違った美学があり、淡々とした表面上のストーリーを眺めているだけでは、恐らく緻密に計算されたエッセンスが私にはつかむことができないからです。
すごいなぁと感じるのは、大きく2つ。ストーリーとカットです。
ストーリー
現代の映画は、ハリウッド映画に象徴されるように「アクシデント」があって「アクション」がつながっているストーリー展開のものが多く、一般論ですが、私たちはそのエンターテイメント性の高い「型」に慣れています。
一方、小津監督の作品では物語は淡々と流れ、アクシデントやそれに対するリアクションは淡々と抑揚のあまりないものがほとんど。言うならば、ジェームス・ジョイスの『ダブリナーズ』やヴァージニア・ウルフの『灯台へ』に描かれている「何事も起こらない物語」に似ています。そして、その抑揚のないストーリーが背景となって、繊細な心の動きがいやというほど浮かび上がってくるのです。
カット
小津監督は、独特のカメラ使いで有名です。映画を観ていると、あれ?と思うような違和感があるのは、通常の映画とカメラの動きが違うから。
低い位置に置かれたカメラ、会話の切り返しショットの独特なアングルなど、型破りで革新的なカメラワークは、監督の徹底的な美学の追求と言えます。
そして、モノをとらえたカットの数々。片付いているけれどモノでいっぱいの雑然とした廊下、スリッパの並んだ廊下、いっぱいの洗濯物がかかる物干し……。人物がいないのに、人が話す以上に雄弁に語るモノは、まるで持ち主の命が宿っているようです。そして、そんな日常的な情景がなんとも風情たっぷりで、絵画の名作顔負けの美をたたえています。
まとめ ― 家族とは?
小津安二郎監督は、社会の最小単位である家族を通して戦後10年経っていない1950年代の日本社会に生きる人々を描き出しました。私たちにとって昭和20年代というと大昔ですが、「変化の波の中でライフスタイルが変わる中で家族とはどうあるものなのか?」という当時の問題提起は決して過去のものではありません。めまぐるしい現代を生きる私たちが今も向き合っているテーマです。
『東京物語』は、「自分のもとに遠方から親が遊びに来るときにはこんな思いをさせたくないなぁ」と苦しいほどに悲しい気持ちになったり、語らずとも分かり合っている夫婦の阿吽の呼吸に愛おしく共感したり、自分と家族の関係について常に問いかけてくるような映画です。より正確にいうならば、家族という人間関係を通して人と人との関係について問いかける、つまり私たち一人ひとりの「人間としてのあり方」というものを問いかけているように思われてなりません。
ということで、長くなりましたが、日本人ならぜひ観ておきたいすばらしい日本の名作映画『東京物語』のレビューでした。まだ観ていない方も、最近観ていない方も、ぜひどうぞ。